ミッドナイトスワンの結末に批判も?個人的感想ネタバレあり

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ミッドナイトスワン見ました。私にはとても辛い映画でした。もやもやしています。
もやもやの気持ちを昇華させるためにも、感想を書きたいと思います。
この難しい映画を現実に作られたこと、発表されたことに敬意を表しつつ。
まったく私の、個人的な、映画を見た上での感想です。批判などするつもりではありません。
見終わって動揺してしまい、気持ちを落ち着かせたくて書いたというところでしょうか。
ネタバレがありますので知りたくない方は読まないほうがいいかも。 

ミッドナイトスワン(監督・脚本:内田英治(うちだえいじ)/主演:草彅剛(くさなぎつよし)/2020年)

最初は見にいくつもりではなかったのです。
ある日PCを立ち上げたら、YouTubeで予告編が流れたのです。あの、長いやつ。
ピアノの綺麗な音楽とともに流れてくる映像は心に響くものでした。
それで、ああ、もっと見たいなと思って見に行ってみたのです。
あまり情報を入れないで見に行きたいと思っていたのですが、「トランスジェンダー」と「バレエ」の話だとは知っています。
バレエのシーンも楽しみにしていました。
私は映画が好きですが、映像作品から受ける精神的影響が大きいのと、好みとして受け入れられないラストというものがあるので、見に行く映画にはわりと注意を払っています。

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ミッドナイトスワン感想

私が気になった場面を感想と合わせて書いてみました。
改めていいなあ〜と思ったところと、あれれ〜となってしまったところの落差が大きいなあと思いました。

心に残った場面① 前半の凪沙(なぎさ)と一果(いちか)

見終わって、思ったことは前半と後半が別の映画のようでした。
前半は辛いけれど、生きている人間の出会いと、かすかな未来への希望を感じさせてくれる。

出てくる人物たちが生きている人として徐々に近く感じました。

草彅剛さん演じる、凪沙(ナギサ)が養育費を目当てに従妹の娘・一果(イチカ)を預かります。
広島の親にはカミングアウトできていないので凪沙は実家の母親との電話で、男性の声で話をしますね。
広島弁の草薙さんの声が低く、ゴツくなって別人になる。
草薙さんの声が、深く響く、いい声だなあと思いました。
草薙さんの声だけで映画の中の空気が流れていく。
この人の声だけの映画とか見てみたい。

最初はお互いに反発しあっている凪沙と一果が徐々に心を通わせていく過程は丁寧で、一つ一つのエピソードにドキドキしながらはいりこめました。
育児放棄の母親から逃れて、凪沙のもとでバレエを始める一果が、どんどんバレエが上達して、凪沙と気持ちが通じるようになって、可愛くなっていく姿は見ているこちらも嬉しくなるほど。
ぶっきらぼうでほとんどしゃべらないのに、すごく伝わる。新人だそうですが、演技がうまいんだなあと引き込まれました。
部屋を掃除してっていう凪沙に「イヤじゃ」と言ってゴミ箱をひっくり返すところ。
そうかと思うとすごくキレイに片付けたりして、凪沙をびっくりさせる子供らしい可愛らしさ。
それにしても草なぎさんがスゴイ。
お芝居とは思えないというか、本当にこの人がいるみたい。
黙ってこっちを見ているだけで、画面の中に吸い込まれるような雰囲気が広がる。

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だんだん距離が近くなる2人

撮影のバイトが見つかって、バレエをやめなくちゃならないと思って、逃げ出した一果の自称行為を凪沙が目にする。
そこで一果と自分は同じ、1人で生きていかなきゃいけない人間だと悟るシーンは、辛さの中にも2人の絆を感じられる場面でした。
凪沙がだんだんと一果を近しい存在として受け入れていく流れが自然で秀逸です。

2人のシーン

2人のシーン

バレエを踊る一果のために、就職しようとするシーンは胸が痛くなりました。
仕事に行く前に朝ごはんを食べさせようとすると、一果が、男の格好をしている渚を見て(そんな格好するなんて)頼んでないと言って暴れる。自分のためにしたくもない男装をしてほしくなかったのだと思います。
その一果をこっちにおいでと引き寄せ、よしよしと言って頭を撫でる凪沙が、優しい。
草薙さんの表情が包容力のある、子供の気持ちをいたわる母の顔で、すごく切ない。

素晴らしいシーンだったと思います。

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心に残った場面② 一果とりん

好きなものに向かい、友達ができて踊る一果のみずみずしさが良い。
バレエ教室で一緒になり、学校も同じで友達になったりん。
無口で笑わない一果をりんが自宅に入れ、同級生のやり取りをする。
この2人がすごく良くて苦しいテーマの中、ちょっと自分の知っている学生の一コマでホッとしました。
コンクールのステージで踊るシーンにしても、レッスン中に踊るシーンにしても、バレエシーンが素晴らしく、ここだけを切り取ったバレエの物語が見たいと思うほど。
監督の、バレエをちゃんと描くというこだわりが貫かれていると感じました。

お金持ちの家で母親の夢だったバレエをやっているりん。
お金持ちなのに、バレないように撮影会のバイトをしたり、学校の屋上でタバコを吸ったり、満たされていない様子。

一果とりんとの思春期の揺れる感情の繊細さ。
屋上でタバコを吸っているりんが一果とキスをするシーンは、不安定な年頃の危うさを美しく描いているなあと感じました。
「一果変わったね」 「変わってないよ」 「可愛くなった」 「なってないよ」と言うこの場面とても好きです。
中盤のこの2人が出るシーンは、この2人が主役の青春映画だっただと思わせるくらい。
この2人の繊細な演技がとても良かった。

ただ、今時の中学生が学校の屋上でタバコはないのでは。
なんか、タバコと屋上って昭和の不良のアイコンで、いまの現実っぽくないと言うか。違和感がありました。

母親の影響でバレエをやっていて、足の怪我が原因でバレエを続けられなくなると、
この子からバレエをとったら何も残らないと泣く母親が恐ろしかったです。
お金持ちで過干渉の、このりんの母親は、一果の育児放棄をしている母親と対極にいると思いました。
こんなに環境が違うのにどちらも毒親。
子供にとってやるせない気持ちでいっぱいになります。

りんが、一果がコンクールで踊っているときに、踊りながらビルから飛び降りてしまうところで、
えっ死んじゃうの??とあっけに取られてしまいました。
バレエができなくなって母親に追い詰められていたから?
そこの過程がわからなくて唐突感が…。

そしてコンクールの最中に舞台で踊れなくなった一果のところに、母親が舞台上に駆け上がってくる。
一果は母親のところへ帰り、凪沙はタイに手術を受けに行きます。
この辺から、展開についていけなくなってしまいました。

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心に残った場面③ 辛い後半

実家に一果を迎えに行った性転換手術をした凪沙が、つかみ合いになって、服の前が破れ、胸がはだけてしまうシーンはとても見ていられなかった。
バケモノと言われるその姿があまりにも痛々しく、とても不自然に感じました。
これ女優さんだったらこの扱いをするのかな…
卒業した一果が会いに行った、失明して寝たきりになった凪沙の姿も同様です。
これは見せなければいけないもの?
この扱いはないよ…救いようのない絶望感。

監督のインタビューで、凪沙の働くショーパブで客が放った
「おかまが頑張ってるんだから女のお前らもっと頑張れよ」
というひどいセリフは、実際に撮影のスタッフさんが放った言葉だったというのを読みました。
タイの手術についての取材なども、丹念にされているそうです。
そして行き場がなく風俗に身を落としてしまう人たちについての取材も。
現実を知れば知るほど凪沙をハッピーエンドにはできないと思ったとありました。

しかし、しかしですね。一本の映画として見たときにこの後半はどうなのでしょうか。
一果と一緒にいられなくても、彼女の存在を胸に生きているだけでもいいではないですか。
私はこの映画で、トランスジェンダーの人達=凪沙にはそれすらも許されないと言われているような気がしてしまったのです。。

映像の作品てすごく強い力を持っていると思うのです。
ときにフィクションの世界に現実が引っ張られて行くことだってたくさんあります。
もし監督が現実の厳しさを書かなければいけないと思ったとしても、わずかでもいいので希望を持たせて欲しかった。
少しでも、凪沙に幸せになって欲しかったです。
役者さんたちの演技が素晴らしい分、余計に感じます。

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さいごに

この映画を素晴らしいと称えられている声が大多数だったので、少し別の疑問や感想を描いてもいいかなと思って個人的な感想を書きました。
前半の2人の少しずつ心を通わせるエピソードを丁寧に重ねていく、あの感じで最後まで行って欲しかったな〜。
すごくそう思ってしまうのは、前半で登場人物に感情移入してしまったから。
本当に生きているようでした。
凪沙が幸せそうに一果の髪を梳かすシーンや、2人で踊るシーンは心を暖かくする瞬間を描いた素晴らしいシーンでした。
やはり私は最後に希望があるものが見たい。。

ちなみに私が個人的に受け入れられないラストは、
1.夢オチ
2.最後に主人公が死ぬ

です。なんか、映画に入り込んで、登場人物に感情移入し、ここまで見てきたことを否定されてしまう気がするのです。
もちろん絶対ではありません。
物語によっては必要な場合もあるとは思います。

ただ、やはり今回も前半を見てきて、凪沙を身近な1人の人間として感じていた気持ちが、ぐしゃっと潰されたような気持ちになってしまいました。
バレエの先生がとても良かった。先生が凪沙と接するシーン、うっかり『お母さん』と呼ぶ場面はフラットで、自然で、ホッとする場面でした。
現在のいわゆる一般の人の感覚ってこの辺りなんじゃないか。と思うのですが、それも一部の人かなあ。

世間には色々な人がいるから見る人の立ち位置にもよりますし、誰に向けたメッセージのある映画なのかにもよりますね…。
なんにせよ、色々考えさせられる映画ではありました。
そういう意味ではすごく意味のある映画だったのだと思います。
自分が見終わって、すごく動揺してしまい、ほかの人はどう思ったんだろう?と強く思ったので自分の感情を整理するためにも書いてみました。
これもまた時間が経ったら変化する気持ちだろうだと思います。

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